大統領職 Presidency 2018 9 8

 アメリカでは、トランプ大統領の人格を問題にするメディアが多いですが、
そもそも、政治家に人格を求めるのは間違いです。
政治家とは、結果責任が求められる職業です。
 昔だったら、国防や安全保障という結果を求められましたが、
今は、経済や景気という結果が求められます。
 政治家の能力判定は、難しいものです。
下品で粗野だから仕事ができないとは限らない。
上品で人格が優れているから仕事ができるとは限らない。
そこが難しいのです。
 例えば、カーター大統領は、人格が優れて、
信仰心が篤く、宗教家としても優れていました。
わたしが好きな大統領の一人です。
しかし、カーター氏の大統領としての仕事には、疑問が残ります。
 AかBか。
どちらかの選択するにしても、
政治家は、多くの人から恨まれることになります。
 特に、A案の支持者もB案の支持者も、
その数が多ければ多いほど、
多くの人から恨まれることになります。
しかし、政治家は決断しなければならないです。
しかし、善人の政治家は決断ができないのです。
(あるいは決断しても、政策を「上品さ」や「洗練さ」で判断してしまう可能性があります)
 たとえ死後、国民から恨まれて墓を暴かれるようなことになっても、
政治家は決断しなければならないのです。
 それでも、アメリカでは、大統領に「人格」が求められるのは、
アメリカには、「国王」がいないからです。
 国家を支えるには、二つの「支柱」が必要です。
つまり、精神的な支柱と政治的な支柱です。
 日本においては、天皇が精神的な支柱であり、
首相が政治的な支柱になっています。
 アメリカには、国王がいないので、
大統領が精神的な支柱と政治的な支柱を兼務することになるのです。
 しかし、昔と違って、
アメリカの大統領職は激務になっていますので、
両方を兼務することは難しくなっています。
 アメリカも「首相職」を作って、
大統領は、外交と軍事、
首相は、経済と内政に分けるべきです。
(参考)
 ついでに言うならば、
一代で大成功した創業者や経営者に「奇人・変人」が多いです。






























































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